KING KALAKAUA"THE MERRIE MONARCH®"

伊香保ハワイアンフェスティバル2019

明治時代、時の政府高官・井上 馨(かおる)の紹介で伊香保に別荘を持ち、この地をこよなく愛した駐日ハワイ王国弁理公使・ロバート・W・アルウィン。彼は日本人女性と結婚し、81歳で亡くなるまで日本で暮らし、蒸し暑い日本の夏を快適に過ごすための避暑地として、この地に別荘を購入しました。
旧伊香保町では、この建物を町指定史跡(現・市指定史跡)「ハワイ王国公使別邸」として保存・公開するとともに、アルウィン・イキ夫人が亡くなって以来途絶えていたアルウィン家との交流を昭和63年に再開し、その後10年にわたり子供たちのホームステイ交流や、教育文化などのあらゆる局面でハワイ郡と親密な交流を続けてまいりました。
その結果、平成9年1月、アメリカ合衆国ハワイ州ハワイ郡と姉妹都市を締結し、将来を担う伊香保の子供達をはじめとする多くの方々にハワイ文化を語り継ぎ、国内のハワイ伝統文化愛好者の皆様の集大成の場となることを目的に、ハワイ島日系人協会、Merrie Monarch Festival創設者である故ドロシー・S・トンプソン女史、多くの団体企業のご支援のもと、平成9年8月にKING KALAKAUA”THE MERRIE MONARCH®”の称号を冠とした伊香保ハワイアンフェスティバルは産声をあげました。
渋川市となった現在も、ご参加いただく皆様のご期待にお答えするとともに、全国の皆様に伊香保とハワイに関する周知を図り、渋川市伊香保がハワイ文化に関する拠点となることを目標に開催します。

ロバート・W・アルウィン

横浜駐在ハワイ王国総領事官、駐日ハワイ王国代理公使、同弁理公使などを歴任し、日本がハワイ王国に対して行った官約移民の具体的交渉を担った。
また、日本人女性の武智イキと結婚し、日本における国際結婚の適用第一号としても知られ、日米結婚第一号の書類は東京公文書会館に保管されています。

ハワイ王国公使別邸

現存するハワイ王国の数少ない建物のひとつで、平成25年に移築改修した公使別邸と、新設したガイダンス施設を公開。平成26年度からは公使別邸2階部分の公開も始めています。
ガイダンス施設では4つのコーナーに分けて、1.日本とハワイ、2.ロバート・W・アルウィンとイキ夫人、3.アルウィン家と伊香保、4.別邸の移築修理の概要について展示しています。

ドロシー・S・トンプソン

ザ・メリーモナーク・フェスティバル

エグゼクティブ・ディレクター

メリーモナークフェスティバルの創設者であり、運営委員会の中心的な役割を担っていましたが、残念ながら2010年3月19日永眠されました。
常にヒロ市を拠点に活躍し、伝統フラ、伝統文化の継承発展のため、多くの指導者の育成に尽力するなど、ハワイの文化界における功績は計り知れません。

メリーモナーク・フェスティバルの由来

かつて独立国であったハワイは自然と共生した伝統フラを中心に静かに生活をしてきました。しかし19世紀、ハワイに入ってきた欧米人はハワイの伝統芸術であるフラを悪魔の踊りと誹謗し、その衰退を招きました。
これを憂えたカラカウア王は、その復活に努め、積極的な活動を展開しましたが、ハワイ王国は滅亡し、アメリカ合衆国に編入され、伝統フラは衰退していきました。
第二次世界大戦後、衰退していくフラを憂えたのがトンプソン女史でした。女史は、伝統フラの復活を志し、「メリーモナーク・フェスティバル」を創設しました。以来、メリーモナーク・フェスティバルは、ハワイ伝統フラの大会中、最も権威があり、最大級のものとされています。
ハワイのフラ界では、この大会に出場できるだけで最高レベルのハラウ(教室)と認められ、総合優勝者に与えられる名誉は想像しがたいほどど云われる大会に成長しました。